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本当の換気を知る第2回 熱回収換気(HRV)を薦めない理由~歴史の教訓~

 北海道の住宅用セントラル換気は熱交換からスタートしたにもかかわらず、なぜ今第3種が主流なのか。日本に最初に住宅用セントラル換気を紹介したディックス株式会社石原侑氏は、スウェーデンの換気についての歴史と由来から、机上計算ではわからない多くの点があると指摘する。
※北海道住宅新聞2006年10月15日号掲載原稿を一部変更して掲載。

熱回収方式の種類はこんなに多くある!

<空気→水方式の熱交換器 @スウェーデン>

私は、住宅の設計者と建て主が熱回収換気装置(HRV)のメリットとデメリットを正しく理解した上で購入するのであれば否定はしません。
 しかし実態はどうでしょうか? 大いに疑問を感じるのです。
 “温度差”のある気体(ガス)や、液体、固体といった物体温度を、同じ物体もしくは他の物体に熱移動させるのが熱交換です。ですから、「空気→空気」の熱交換や、《空気→水》『水→水』〈空気→固体〉〔蒸気→液体〕など様々な方式の熱交換器(=ヒート・エクスチェンジャー)があります。
 この中で熱交換器を換気装置に組み込んだものが「熱回収換気(=ヒート・リカバリー・ベンチレーション)」装置と呼ばれるものです。

そもそも、セントラル換気装置が使われだしたのは…

  快適性の高い省エネルギー住宅で世界をリードしていたころのスウェーデンでは、1970年代からセントラル換気システムが本格的に登場しました。それ以前の約20年間の建築ブームで造られた住宅で、シックハウス症が多発したことがきっかけでした。
1970年代、スウェーデンでのセントラル換気システムは、
① イクストラクト(=日本でいう第3種=排気型)方式。
熱交換方式では、
② 「空気→空気」方式。
③ 《空気→水》方式。
の3つが登場しました。0.5回以上/毎時当たり(h)の換気率は、既にこの時のスウェーデン建築基準で定められていました。すべての住宅にセントラル換気を強制したわけではなく、居室に換気装置が何も付かない住宅(=自然換気住宅)がまだ多くを占める時代でした。

〈②の空気→空気方式(左)と③の空気→水方式.スウェーデンの資料から〉

表面的には建築基準法を満たしている現状は果たして安全か?

 2003年7月、日本で改正建築基準法が施行され、ようやく24時間換気が義務づけられ、基本的な換気回数は「0.5回以上/h」と明記されました。
 ただし、日本の建築基準法でいう0.5回は、スウェーデンなどの0.5回よりも実際には少ない換気量になります。それは、日本の場合、換気対象容積は納戸や押し入れなどの非居室容積を除外するという不可解な考えがあるからです。
 また、換気装置としては個別換気扇(パイプファンなど)でも可と考える例が多く、セントラル換気システムで住宅内のトイレ、浴室、台所室、納戸などをすべてダクトで結び換気回数を集中コントロールするのが肝心だ、とするスウェーデンの考え方とは異にしています。
 北欧をルーツとする “快適型省エネ住宅”は、国内ではもともと約30年前に北海道の建築業界(建築・設備の実務者たち)から全国に発信した技術でした。
 われわれは快適型省エネ住宅の熱的四要素[暖房・換気・気密・断熱]に全国でいちばん長い経験を持ち、その設計実務と施工技術レベルは、実務経験の少ない官学のレベルよりはるかに高いのです。
 行政は確認申請時の換気設計審査能力と完了検査能力に課題があり、居住してから換気不良があっても責任を取るのはいつも官学ではなく、実務者なのです。

熱回収換気の最初の目的は省エネではない!

 日本もマイナス20℃になる地域がけっこうありますが、スウェーデンではマイナス40℃の地域にも住宅が建築されます。
 このような極低温外気を屋内に給気した場合、不快というよりは寒すぎることになるため、スウェーデンでは古くから外気を電熱ヒーターを内蔵したダクトで加温してから室内に給気する贅沢?が行われていました。
 そのような中で、屋内から外部に排気する熱の一部を回収して電熱ヒーターと併用しようという「熱回収換気システム」が生まれた経緯があります。
 ですから、始まりは超低温空気を加熱するための装置であり、さらに熱交換器だけでは給気温度は十分加温されないので、600W~1kW程度の電熱ヒーターも換気装置本体に組み込み併用しています。電熱ヒーターはまた、熱交換器が低温で凍り付くので、霜取り用にも自動的に作動します。
 日本では熱交換=省エネと早計されていますが、もともとヒーターを組み込んだ暖房装置の一部のようなものなのです。
 今でもイニシャルコスト+ランニングコストでは、当然高くつくのです。製造から廃棄までの一生を考えても省エネルギーにはなり得ないのです。

熱交換器の温度効率

 1990年代の後半に、温度効率(日本で一般にいう熱交換効率に相当)92%程度の熱交換器がスウェーデンやドイツで販売されだしました。この回収効率が嘘ではないかという人がいますが、私の知っている限り本当です。
 しかし、どの熱交換器も実際に得られる効率は設計運転風量に左右されます。住宅の換気率を0.5回/hとすると、住宅容積288m3の例では、設計換気量は144m3/hです。
 このすべての換気量が熱交換器を通過していますか? もしも別のパイプファンなどが浴室やトイレ、納戸などに取り付けられていたら、住宅全体としての熱回収効率は当然減少します(半分になるかもしれません)。
 また、どのメーカーの換気装置であっても、熱交換効率は、空気温度と空気量の増減で変化するため、机上計算通りにはいかないものなのです。通過させる空気量が多ければ熱交換効率は当然低下するのです。
 まして大前提は、屋内のすべてに暖冷房装置を配置し、すべて24時間運転していなければ、熱回収換気装置は機能しません。
 加えて、霜取り電熱ヒーターが内蔵されていない換気装置は、低温時に着氷して破損してしまうか、停止してしまいます。運転休止時間があるということは、熱回収量が少なくなるということです。これらは初歩的な知識です。
 そしてもう一つ問題があります。

2つの異なるタイプ
スウェーデンでは全熱交換をこう見る

 全熱=顕熱+潜熱。
顕熱(けんねつ)=寒暖計で測定できる空気熱〈=温度〉。
潜熱(せんねつ)=空気中に含まれている水蒸気の熱=水が蒸発する時に必要とした熱。
*空気から熱を取る(=冷やす=水蒸気の潜熱を奪う)と元の水に戻る。冷えたビール瓶表面や冷たい窓面での結露がこの例。

 要するに、空気温度の回収に加えて、空気中の湿気の一部も熱交換器で回収しようとすると「顕熱+潜熱」の回収となります。全熱交換方式がその例です。
潜熱回収の場合、水分の回収といっても水蒸気(=ガス)の回収と同じことです。熱回収しようとする排気ダクト内の空気には、水蒸気ガス以外にシックハウスの原因となる有害ガス物質も当然含まれています。これらもともに回収してしまいますから、全熱交換器は非衛生的な換気装置といわれるわけです。
1982年、私はスウェーデンで長期研修中に、ある技士からこんなことを聞きました。「家畜小屋や刑務所の独房の場合は、居室内にトイレがあり、きれいな空気ゾーンと汚染空気ゾーンが分けられていないから、非衛生的な成分も回収する全熱交換換気装置でも使える」。そんな大まじめなジョークを言って、にやりと笑ったものです。
 全熱交換器も一部改良されているとは聞いていますが、トイレや浴室の空気を通過させても大丈夫かどうかを、簡単にテストしてみましょう。

「香水テスト」

 まず、1人が全熱交換換気システムの排気バルブ(屋内空気の吸い込み口)に香水の臭いを吸い込ませます。他の1人がすぐに各居室の換気吹き出し口のそばで空気の臭いを鼻で嗅いでみましょう。何も臭わなければ大丈夫かもしれません。

テスト方法をダウンロードする。(pdf約780KB)

衛生的なはずの顕熱交換換気システムでさえ...

 一般に換気設備は、長短の違いこそあれダクトを使用します。あるいはフィルターも使われる場合があります。熱交換器本体の汚染のほかに、ダクト内部の汚れやフィルターの汚れ物質が室内に飛散することが多くあります(フィルターなど吸着性材料が、吸着累積で汚染原因となることは、既に24時間風呂で騒がれた通り)。
スウェーデンでは、1990年までは汚染物質の回収がほとんど起きない顕熱交換セントラル換気の全盛時代でした。それでも20年近くの歴史で、新鮮空気を供給するダクト内の衛生を確保できずにシックハウス症が発生することを知りました。それで、1993年に非常に厳格なダクトの保守管理を義務付ける法律改正を実施しました。
それ以降、熱回収換気装置の販売比では、「空気→空気」方式はわずか5~10%で、《空気→水》方式(日本で言う第3種排気型換気装置と顕熱回収器の組み合わせ)が90~95%を占める状態に激変したのです。それでも熱交換器は、日本でいう省エネ(イニシャル+ランニングコストの節約)にはなり得ません。このような長い歴史の中で排気型セントラル換気システムは、衛生上有利だと再認識されたのです。
ですから90年ごろ、スウェーデンの目先の利く資本家は、熱回収装置の製造をやめるか、他の国に設備(または会社ごと)を売却しました。それを買ったのが旧東欧や温暖な中欧の国々です。折しも地球温暖化問題が議論され、これらの国の企業は熱回収の真の歴史に学ぶより、もうけ主義でまたまた売り歩くのです。日本でも熱回収が住宅の省エネルギーになると言う人がいるのと同じです。スウェーデン文化を長期に理解している人や企業は、全熱交換換気システムなど売るはずがないと思うのですが……。

熱性能全国平準化が賢者の選択

 1980年代より一大国家プロジェクトとして実証テストされ、90年代初めに経済的には合わないと結論付けられたヒートポンプが再びスウェーデンやドイツで再登場した裏には、表向きCO2対策と言われますが、実は産官による産業振興&雇用促進という経済的政策が本音のようです。
 これらは私個人の見解ではなく、北欧の複数の換気関連メーカーによる経営的見解です。
 熱交換器などを利用することよりも、まずは全国的に北海道並みの住宅気密・断熱基準を採り入れ、住宅性能を向上させるのが賢者の選択でしょう。
 流行商品、キャッチフレーズ中心の市場動向に左右され追従する側になるのではなく、地域市場をリードできる独自の快適・高耐久設計項目を持つこと、それを建て主に提示することが、いまわれわれ建築業界に求められているのではないでしょうか。

スウェーデンの住宅着工と換気をめぐる推移

■1990年頃に、1975年以降15年間に装着した熱交換換気システムの衛生問題が持ち上がる。換気装置のフィルターや給気ダクトの非衛生が判明。
■対策として、1993年にダクト清掃などを細かに規定した新換気義務基準が始まる。
■1975年以降に建築された建物での熱交換換気システムは、大まかに言って、学校・幼稚園で2年に1回、集合住宅では3~4年に1回、の間隔で給気ダクト等の清掃を義務付け。但し、排気システムは5~7年に1回排気ダクトを清掃することが義務。義務とは、有資格者による清掃チェックが義務付けされたことである。
■個人住宅での排気型セントラル換気システムのダクトは、ダクト清掃の定めは無い。
■1993年に建築バブル崩壊、建築戸数も激減。
■国内の全住宅のうち70~80%は、換気システムが付いていない。
 全住宅のうち15%の住宅で排気型換気システムが使われている。
 全住宅のうち5%の住宅で熱交換型換気システムが使われている。
■現在の新築住宅において、排気型換気システム(水タンクに50%以上熱交換する排気型システムを含める)が90~95%の装着率で主流、残りの僅か5~10%に熱交換換気(顕熱型熱交換器)システムが装着されている。